なにもできなかった経験
大学1年の時、コンビニに入ると、男性が倒れていた。
店員さんも、そわそわ、うろうろ。
もう一人の大人は、雑誌立ち読みを続行。
そんな中、店内に入っていった私。
看護学生とはいえ、まだ看護学総論でナイチンゲールの覚え書きをやってるような頃。
なにもわかりません。
でも、なにもしないわけにもいかない。
店員さんに話しかけてみる。
どうしたんですか?
急に倒れて、救急車は呼んだんだけど、気道確保して、できれば心臓マッサージと人工呼吸をしていてと言われたんだけど、どうしていいかわからない。
(当時は、胸骨圧迫と人工呼吸のセットがスタンダードだった時代でした。)
気道確保…
なぜだか雑誌を積んで、高い枕のようにしている。
当時の私でも、これは明らかに違うとわかったので、雑誌を避けて、下顎挙上させてみた。
反応もないし、呼吸もしていなさそう。
今なら、すぐに対応するけれど、当時の私には、何もわからなかった。
何もわからないけれど、ただ一つ、この人の命の危機にあるとうことだけは、わかる。
でも、何をしたらいいのかわからない。
入店してきた男性が心臓マッサージ開始
入店してきた男性が、私に声をかけました。
どうしたんですか?
救急車は呼んだみたいなんですが、たぶん心臓マッサージしなきゃいけないような気もするんですが…
ぼく、やります!車の免許の時にやりました!
その男性は、胸骨圧迫と人工呼吸を始めたのです。
私は、胸骨圧迫したほうがよさそうだと思いながらも、実際にやる勇気がありませんでした。
当時は、もちろん人間に胸骨圧迫したことがなかったですし、まだ講習等で人形にもやったことがなかったので、必要そうだけれど、体が動きませんでした。
この男性の勇気に、圧倒されて、私はただ見ているだけ。
すぐに救急隊が到着して対応されました。
私は、なにもできなかった
帰宅すると、涙が溢れてきて、嗚咽して泣きました。
何に対して泣いているのかがわからないくらい、泣きました。
ただ「なにもできなかった」ということが、私の心に残っています。
きっと、この「なにもできなかった」という体験が、ICU・救急部に行きたいとどこかで思うようになったきっかけかもしれないと、今考えると思います。
15年経っても、この経験を思い出す
「なにもできなかった自分」からは大きく変化しているはずなのに、もし遭遇したら何もできないかもしれないと考えてしまうことがあります。
でも、そう考えるからこそ、仕事で急変対応にあたるたびに、
事前に気付けるタイミングはなかったのか
初期対応は適正だったか
チームとしての対応は適正だったか
どうするともっと良かったか
など、ものすごく考えるようになりました。
そして、どんな急変が予測されて、その時の自分の役割はどんなことかと、イメトレするようにもなりました。
当時は、「なにもできなかった」と落ち込みましたが、その感情が、初期対応ができる看護師になりたいと心底思わせてくれました。
自己否定してしまうことがあっても、それを原動力にして自分を変化させることもできる。
そう思います。
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