幼稚園に、障害を持ったお友達がいたことが、私の人生に大きな影響を与えていると思うの。

気ままなコラム

私が通っていた幼稚園には、各クラスに1人ずつ、何らかの障害をもっている子がいました。

私のクラスには、Mちゃん。

私も幼稚園児だったので、病名は知りませんが、「赤ちゃんの時に、高い熱が出て、脳に障害がある」と認識していました。

Mちゃんは、言葉を話すことができませんでしたが、発声はしていたので、声色や表情でコミュニケーションをとっていました。

Mちゃんと遊ぶ中で、自然に身についていったこと

「障害」を「障害」と思わずに、お友達のできないことをお手伝いする。

自分たちとは、なにかが違うということや、できないことが多いということは、私もクラスメイトもわかっています。

でも、幼稚園児なので、「障害」という言葉も知らなければ、世の中では「健常者」と「障害者」とよくわからない区別をされていることも知りません。

だからこそ、その時期に、Mちゃんと一緒に遊べたことが、私にとって、とても良い経験となっていると思います。

車椅子のMちゃんも一緒にお散歩

夏はバギーをみんなで順番に押して、一緒にお散歩。

冬は、Mちゃんが乗ったソリをみんなで引っ張って、一緒にお散歩。

注意散漫な男の子がソリを引っ張る時は、お節介な女の子数人がMちゃんの様子をちゃんと見ていたりして、子供なりにそれぞれの弱点を補い合って、Mちゃんと一緒に遊んでいました。

年長さんになると、子供用車椅子になり、みんなで応援して数メートル自走できるとみんなで喜ぶ。
これは、鉄棒や竹登りができないお友達と一緒に練習したり、かけっこや水泳が苦手なお友達を応援するのと、同じ感覚でした。

この感覚は、Mちゃんにだけ特別なわけれはなく、お互いに助け合う精神が生まれていたように思います。

一番覚えている幼稚園で怒られた場面

紙芝居の時間。

みんな一斉に紙芝居の前に集まります。

紙芝居が始まりました。

もう夢中。

途中で、ひとりの男の子が立ち上がり、バギーごとそっぽを向いてしまっていたMちゃんを、紙芝居が見える方向に向きを変えてあげました。

その時、幼稚園の先生から、「みんな自分のことしか考えていない。やっと1人気付いてくれた。」「お友達全員が楽しめるようになっているか、みんなを見ないとね。」と怒られたことを、今でも鮮明におぼえています。

「障害」があるとかないとか関係なく、みんなで楽しめるように、みんなが気遣いをしよう。

幼稚園児だからこそ、そういうことを自然体で学べる機会だったと、今ふりかえると思います。

OriHimeを開発している吉藤オリィさんが、講演会の中で、「クラスメイトの車椅子は、目が悪い人の眼鏡と同じ感覚だった。」と話していた時に、Mちゃんと遊んでいた時のことを思い出しました。

幼少期のこのような経験をしていると、いわゆる「障害」というものに対して、自分とは全く違う性質のものとして捉えるのではなく、誰もがもっている「苦手なこと」「ちょっと不便なこと」「自分にはできないから誰かの助けを借りたいこと」になるのかもしれないと思いました。

看護学生時代に居宅ヘルパーを3年間やってみたり、看護師として働きながらPA介助者としても活動したり、いわゆる障害者と関わっていたいと思うようになっている根底に、Mちゃんがいるんじゃないかなと思っています。

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